人社サロン|三太郎の小径

TOHOKU UNIVERSITY
子どものコミュニケーション発達を解明するため
子ども型のロボットを開発

この本を読んだときにすごく衝撃を受けて、自閉症という概念、発達心理という概念を新しく自分の研究の中にとり入れることにしました。コミュニケーションというものをどのようにモデル化していこうかという私の言ってみればライフワークのようなものですが、そこにつながっていったんです。
「共同注意」というテーマが自分の研究の中で大きなウエイトを占めるようになりました。そしてMIT Pressの本が縁となって、私はMIT人工知能研究所の研究員として1998年から1999年にかけて、アメリカに留学することとなりました。当時、MITはロボット研究のメッカとも称され、そのトップの研究室の教授がロドニー・ブルックスというロボット研究の第一人者でした。私はその研究室でロボットを使って「共同注意」をテーマとした基礎研究をしました。研究室のロボットは少しいかつい感じのものでしたが、人が親役、ロボットが子ども役で、いっしょに何かを見る、言葉のやり取りを行うなど、人とロボットの間で「共同注意」をもつような関係性をつくる、そんな研究を試みました。

その後、アメリカからまた元の職場に戻ってきましたが、研究所は情報通信研究機構(NICT)という名前に変わりました。当時、日本で人間型ロボット「ヒューマノイド」の研究なんてほとんどなかったので、自分でロボットをつくろうと決心をして、しかも子どもの発達というテーマが自分の研究の一つのメインになりそうだったので、子ども型ロボット「インファノイド」をつくろうと思いました。

――インファノイドによって、具体的にどのような研究や実験を行ったのでしょうか。

小嶋:コミュニケーションの発達、あるいは言語の獲得と言ってもいいんですが、ほんとうに言葉というものを、言葉の意味をロボットが獲得していくためには、身体的な経験というものをロボットと人との間で共有できないと、コミュニケーションにはならないと思うんです。ロボットの頭脳つまりAIがロボットの身体を通して世界を経験する、あるいは他者としての人間を経験する、そういったことを実現したいと思って、インファノイドをつくるようになりました。
インファノイドは上半身だけですが4歳児ぐらいの大きさに仕立ててあります。2つの目玉が上下左右に動く。眉毛や口も動いて表情をつくることができ、指さしや何かをつかむこともできます。2001年の製作ですが、当時としてはけっこう画期的なロボットだったんじゃないかなと思います。こうして言語獲得やコミュニケーションの発達プロセスをモデル化する研究のためのテストベッドとして、あるいは自分の考えたモデルを表現する媒体として、ロボットを活用するようになったというわけです。

ロボット製作は、全部自分で機構部分の基本設計をしました。一部アルミを削って部品をつくるところは外の業者さんにお願いしましたが、制御系も自分で電子回路をつくり、プログラムも自分で書いて製作しています。画像処理や音声処理など、より高次の処理はLinuxのコンピューター上で動くようになっています。「共同注意」を実現するロボットに仕立てることが目的でしたので、表情やしぐさをつくったり、人とのアイコンタクトを取ったりする動作が複雑で、29個のモーターが必要でした。結局、全体のデザイン、さらには人との相互作用というところまで、フルスタックで設計し、実装して完成させましたが、それは自分にとって非常に良い経験でした。

――インファノイドの次にキーポンという小さくてかわいいロボットを開発されましたが、これはどのような意図だったのでしょうか。

小嶋:インファノイドは4歳児の大きさなので、同じぐらいの体の大きさを持った4歳児を相手にしているときは問題なくコミュニケーションが発生しますが、子どもが小さくなるとロボットを怖がって泣き出して実験にならないということがよくありました。やはり言語の獲得を研究するんだったら、0歳児・1歳児・2歳児は外せない。もっと小型で、もっと安全に、かつ赤ちゃん・乳幼児から見てわかりやすいロボットをつくらないといけないといういうことで製作したのが、キーポンというぬいぐるみ型ロボットです。


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    最初に開発した子ども型ロボット「インファノイド」は4歳児モデルなので、キーポンと見比べるとやはり大きい。
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    キーポンは、体の部分が高さ12cm、黄色いシリコンゴムでできている。顔の部分に目であるカメラと、鼻のところにマイクがついている。機能も単純で、自分の視線を人の顔に向けたり、体を左右に揺らしたり上下に伸縮させたりすることで表情、情動のようなものを表示できる。





シンプルさを追求したぬいぐるみ型ロボット
自閉症の子どもたちも遊んでくれた

キーポンと乳幼児の関係性を簡単に整理しますと、0歳児から見たキーポンは、「動くもの」で、これはなんだろうと探索する。でも1歳児になると視線を交わしていっしょに遊べる相手になります。さらに2歳になると、キーポンを相手に、ほめてあげたり、遊んであげるという世話をやく対象、いわば弟や妹のような対象になっていくんです。こうしてキーポンを使っていろいろな研究を進めていったんですが、あるとき自閉症の研究をしている方々と出会い、キーポンを自閉症療育に活用できないかというお話をいただいて、そういう方向にも研究を発展させるようになりました。

かつて読んだ本が、ここで自閉症の研究につながったんですね。療育(発達支援)施設にキーポンを持っていって、自閉症の子どもたちとの遊びを長期縦断的に観察し、それを分析するということをやるようになりました。
自閉症の子にとっては、他者(人間)がどうしても複雑に見えてしまう。その複雑な他者を予測したり理解することがなかなか難しくて、どうしてもそこから遠ざかろうとしてしまう、そういう傾向があります。でもキーポンはすごくシンプルにつくってあって、しかも視線や感情を非常に限られた身体動作だけで表現するというそのシンプルさを徹底しています。そのシンプルなキーポンに対しては自閉症の子どもたちが、けっこう社会的な関わりを見せてくれます。アイコンタクトを取ったり触ったり、あるいは何か食べ物のおもちゃをキーポンに食べさせようとしたり、帽子をかぶせようとしたり、あたかも人を相手にしたような行為をたくさんキーポンに出してくれるようになったんです。それはすごく興味深い発見でした。キーポンデザインというのはある種「白紙」に近いような形ですから、自由に描いてもらえる。子どもからはキーポンに対するいろいろな期待や想像を出してくると思うんです。それをキーポンは受け止めて、それを受け止めた状態で子どもとのやり取りがいろいろな形で展開していくと思うんですね。そういった意味でシンプルなデザインというのはすごく重要なファクターになってくるんだなと思います。

アメリカ人指導学生がキーポンの動画をYou Tubeにアップしたことから、欧米でもキーポンが知られることとなり、廉価版と研究用高性能版が商品化されるなどの成果があった。国際的なロボット大会や展示会などに参加し、ロボッツ・アット・プレイ2007(デンマーク)では最高賞を獲得した。写真はスイスのチューリッヒでのイベント(2013年)。