本の紹介

The Mantle and Core

 

Richard W. Carlson (ed)

Treatise on Geochemistry Vol. 2, H.D. Holland and K.K. Turekian (Ex. Eds.)

Elsevier-Pergamon, Oxford, 2005. 19.0 x 27.3 x 2.8 cm, 586 pages, paperback

ISBN: 0-08-044848-8 (ハードカバー本の出版は2003年)

この紹介文は日本鉱物科学会の和文学術誌「岩石鉱物科学」の39巻2号71ページ(2010年3月)に掲載されました.

[東北大学東北アジア研究センター] [石渡ページ]  
[東北大学理学部地球惑星物質科学科] [東北大学大学院理学研究科地学専攻] 


 

本書はマントルと核の化学組成及び同位体組成に関する最近の研究についての15編のレビューを集めたものである.それらの表題の和訳と著者は次の通りである([  ]内は日本人を筆頭著者とする論文の引用数).

1.マントル組成の宇宙化学的推定(H. Palme & H.St.C. O’Neill[3]

2.マントル組成に対する地震学からの制約(C.R. Bina [10]

3.海洋地域の玄武岩による不均質マントルのサンプリング:同位体と微量元素(A.W. Hofmann [3]

4.造山帯,オフィオライト及び海洋底のかんらん岩(J.-L. Bodinier & M. Godard [32]

5.火山岩に含まれるマントル標本:捕獲岩とダイアモンド(D.G. Pearson, D. Canil & S.B. Shirey [16]

6.マントルトレーサーとしての希ガス(D.R. Hilton & D. Porcelli [24]

7.マントルの揮発性元素:その分布と影響(R.W. Luth [37]

8.マントル岩石圏におけるメルト分離と組成変化(M.J. Walter [18]

9.地殻及び最上部マントルの条件における微量元素分配:イオン半径,陽イオン価,圧力及び温度の効果(B.J. Wood & J.D. Blundy [4]

10.高圧・高温における分配係数(K. Righter & M.J.Drake [19]

11.沈み込み帯プロセスとその上部・下部マントル組成変化における意義(J.D. Morris & J.G. Ryan [9]

12.地球のマントルにおける対流と混合(R.E. van Keken, C.J. Ballentine & E.H. Hauri [3]

13.マントルの組成進化(V.C. Bennett[2]

14.コアの組成についての実験的制約(J. Li & Y. Fei [12]

15.地球のコアの組成モデル(W.F. McDonough [1]

 

  私には,これら全てを適切に紹介する能力はなく,紙数も限られているので,ここでは第3, 4, 5章についてのみ述べる.第3章はHofmannによる海洋地域の玄武岩の化学組成や同位体組成による給源マントル端成分の話である.太平洋とインド洋の海嶺玄武岩(MORB)の同位体組成のはっきりした違いを図示して,「MORBMORB給源マントルの均質性は既に神話であり・・・NMORB(が海洋底を代表する)という時代遅れの認識は捨て去った方がよい」と述べている.大西洋のMORBで同位体組成がN型の範囲に入るのは半数しかなく,N型はMORBの最も枯渇した端成分を表すにすぎないという.海洋島,海台,海山の玄武岩(OIB)については,従来からのDMM, EM-1, EM-2, HIMUという4つの給源端成分の枠組みで説明されている.最近日本人研究者によって2つの端成分で説明する考え方が提案されたが,このレビューでは触れられていない.「鉛同位体の矛盾」の話は面白い.マントルは液相濃集度が高いウランに枯渇しているはずなのに,MORBOIB4.53Gaのジオクロン(球粒隕石のアイソクロン)より放射起源の鉛に富むという矛盾である.これを説明するには,地球内部のどこかに鉛同位体比が著しく低い部分が存在するはずだが,それが何なのかまだわからないという.

 

4章はフランスのBodinierGodardによる造山帯と海洋底のかんらん岩のレビューであり,取り扱う岩体はかなり欧州に偏っている.彼らは,固体地球の表面に大規模に露出するマントルかんらん岩を,産状によって,造山帯(アルプス型)かんらん岩,オフィオライトのマントル岩石,海洋底かんらん岩の3つに大別している.そしてアルプス型かんらん岩を,鉱物組み合わせに記録された最高圧力によって高圧・超高圧(HP/UHP)型,中圧(IP)型,低圧(LP)型に区分している.高圧・超高圧型の典型的なものは,昔から有名なスイスアルプスのアルペアラミ岩体やノルウェー,西欧中部,中国東部などの超高圧変成帯に伴われるざくろ石かんらん岩であるが,興味深いのは,著者らがこの高圧・超高圧型に日本の幌満岩体を含めていることである.これは,幌満岩体に発達する輝石スピネル・シンプレクタイトがざくろ石の仮像であるとする日本人研究者の結論を高く評価した結果である.著者らがこのような認識を持つようになった背景には,第一著者も参加して2002年に北海道様似町で開催されたレールゾライト会議や幌満巡検があると思われる.これに対して,これまで典型的なざくろ石かんらん岩体とされてきたスペインのロンダ岩体やモロッコのベニ・ブーシェラ岩体は中圧型に分類されている.これは,岩体の主体がスピネルかんらん岩であって,ざくろ石かんらん岩は岩体周辺部の低温で圧砕岩化した部分に限られることを理由としている.ピレネー山脈のレールツなどのスピネルかんらん岩体は中圧と低圧の中間型とし,典型的な低圧型にはアルプスのランゾーやリグリア外帯の斜長石かんらん岩を挙げている. オフィオライトかんらん岩については,日本人研究者らによる部分溶融程度とマントルかんらん岩の岩相変化との関係に基づいて概説し,環太平洋地域のものについては第29IGC京都大会のオフィオライト論文集を引用して簡単に済ませている.海洋底かんらん岩については,陸上に現れているものとして紅海のザバルガード島,大西洋のセントポール岩礁,そして南太平洋のマコーリー島を挙げ,ザバルガードは大陸下マントルが露出したものでLP型造山帯かんらん岩に近いと述べ,一方で大西洋中央海嶺の北緯14-16度からは,オフィオライトを特徴づけるような非常に枯渇したかんらん岩(Fo92, Cr#70)が得られていることを強調している.このレビューでは,かんらん岩の組成を「肥沃(fertile)―溶け残り(refractory)」及び「豊富化(enriched)―枯渇化(depleted)」という2つの物差しの組合せで記述している.前者は単斜輝石のモード量,全岩のAl2O3量,全REE量などを指標とし,後者はLREE/MREE比,LILE/HFSE比,Sr, Nd同位体比などを指標とする.この枠組みでは,例えば海洋底かんらん岩は肥沃であるが枯渇化しており,オフィオライトのハルツバージャイトは溶け残りであるが豊富化している.一見矛盾するようだが,筋は通っている.このレビューではかんらん岩体中に含まれる輝石岩や斑れい岩のレーヤーの成因についても検討し,マントルメルトから結晶化したのか,マントル中の古い海洋地殻物質がダイアピルの運動によって引き延ばされたものか,などの説について議論している.レーヤーごとに枯渇度が異なるかんらん岩の層状構造や苦鉄質レーヤーの成因の議論には幌満岩体の研究が大きく寄与しており,幌満の苦鉄質レーヤーからのコランダムの発見も海洋地殻リサイクル説の根拠として紹介している.

 

 第5章のPearsonらによる火山岩中のかんらん岩捕獲岩のレビューは主に大陸剛塊地域の捕獲岩を扱っているが,日本人研究者が貢献している島弧・大陸縁地域の捕獲岩にも少し触れている.このレビューで非常に興味深いのはエクロジャイト捕獲岩とダイアモンドに関する部分である.大陸剛塊地域のエクロジャイト捕獲岩の鉛同位体アイソクロン年代は2.6-2.9Gaを示し,このことは始生代に既に海洋プレートの沈み込みがあったことを示す.ダイアモンドは包有物の種類により,かんらん岩(PまたはU)型とエクロジャイト(E)型に区分され,また,窒素が10 ppmより多いか少ないかによってタイプTとタイプUに区分されるが,後者の区分では98%がタイプTに属する.「超深度ダイアモンド」(タイプUに属する)は8つの大陸剛塊地域の12地点から発見されており,包有物に鉄ペリクレースと頑火輝石(MgSiO3ペロブスカイト)やCaSiO3ペロブスカイトとの共存がみられることが下部マントル(地下670 km以深)起源の証拠とされている.なお,ダイアモンドに関する論文数がマントル捕獲岩に関する論文数の3倍に達するというのも面白い.

 以上のように,本書は2003年時点で地球物質科学の最新の知識をまとめた総説集として非常に充実しており,日本人研究者の論文も多く引用されているので,一読をお勧めする.

 

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)


2010年04月28日作成,2013年10月07日更新

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