新刊紹介

「東北日本弧 日本海の拡大とマグマ生成」

周藤賢治 著

共立出版 2009年6月30日発行 ISBN978-4-320-04705-1  4000円+税 236ページ 264 x 188 x 18 mm

岩石鉱物科学, 38巻5号232ページ掲載 (2009年9月30日発行、日本鉱物科学会和文誌)

[石渡ページ]

2009年12月07日作成・2013年10月07日更新


 

 これは,著者が長年にわたって多数の学生を指導しながら行ってきた,自身の東北日本の火山岩に関する研究を集大成し,この分野の最新の知識と学説を組み込んで完成させた,質実かつ意欲的な火山岩岩石学とマグマ成因論の教科書である.

 第1章では,プレート・テクトニクスの幅広い枠組みの中における東北日本弧の位置づけが,主に地球物理学的な側面から説明されており,口絵のマントル・トモグラフィーの図が生かされている.この章は特にコラムが充実していて,海洋地殻の構造,地震波トモグラフィーの原理,プルームテクトニクスの概要などが紹介されている.第2章では,元素分配や結晶分化作用,火成岩の化学的分類,ノルムとモードなど地球化学的・岩石学的な基礎知識を説明している.第3章では,東北日本弧における火山岩の化学組成の空間的(特に島弧横断方向の)変化,そして第三紀から第四紀にかけての時間的変化が説明されている.第4章では,玄武岩マグマの起源物質としてのかんらん岩の岩石学と溶融実験の手法と結果,様々な圧力でのメルトの複数リキダス相飽和実験,そして第四紀島弧玄武岩の最近のマグマ成因モデル(巽による沈み込むスラブの角閃石と金雲母の脱水分解モデル,岩森の断熱減圧による対流ウェッジマントル融解モデル,田村の「熱い指」モデルなど)が詳しくレビューされている.第5章はまずSr Ndの同位体地球化学の基礎が解説され,マグマ混合や海水との反応による同位体比の変化,マントルの同位体端成分(DMM, HIMU, EM1, EM2),そして日本海の拡大と関連させて東北日本の火山岩の同位体比の分布と時間変化が説明され,東北日本下のマントル物質の変遷(15 Maを境に非枯渇的マントルから枯渇的マントルへ)が議論されている.これは本書で最長の章であり,最も力が入っている.この章には「テクトニクス場による玄武岩の分類」という2ページのコラムがあり,REEパターンやスパイダー図の解説がある.そして第6章では,東北日本弧と千島弧の会合部としての,北海道の火山岩の化学的,同位体的特徴が説明され,この2つの島弧のテクトニックな相互作用とマグマ組成の時空変遷との関係が議論されている.

このように,各章の内容は非常に充実しているが,一部の章のタイトルは内容とそぐわない感じがする.例えば第4章の「東北日本弧の第四紀火山における3玄武岩帯の成立」,第5章の「東北日本弧の第三紀玄武岩の起源」は,この本を教科書として利用する者の側から見ると,上に述べた各章の全体的な内容を適切に反映しているとは言い難い.

本書の文章は全体的によく推敲されていて記述は的確であり,誤字脱字もほとんど見られないが,いくつか疑問を感じる記述もないではない.例えば,第2章の鉱物組成による岩石の分類のところで,マフィック鉱物の晶出順序が「かんらん石→斜方輝石・単斜輝石...」とあり,「この晶出順序はアルカリに乏しいマグマの場合に一般的にみられる」と述べられている.しかし,両輝石を中黒で結ぶ書き方はややあいまいで,このように書いてしまうと,アルカリに富むマグマもこの晶出順序に含まれてしまうのではないかと思う.また,本書の数箇所でコマチアイトの話が出てくるが,化学組成に基づくIUGSの超苦鉄質火山岩の分類は説明されていない.かんらん岩の融解実験の話には当然ピクライトという語が出てくるが,この岩石の説明も見当たらない.本書に化学組成が載っている東北日本弧の「初生玄武岩」の一部は,IUGS分類ではピクライトになる.なお,第2章の分析表では,玄武岩の各ノルム鉱物の量を端成分に分けて示してあるが,図のプロットでは各ノルム鉱物の全量の比を使用しているだけなので,端成分に分けて示す必要はないと思う.

とはいえ,本書は,これまでに何種類もの岩石学の教科書を世に送り出してきた著者の,教科書作者としての優れた技量が遺憾なく発揮されていて,記述のわかりやすさ,図の豊富さと見やすさはすばらしい.本書からは,著者のこれまでの教科書と同様に,最新の知識を吸収し,「教科書化」しようとする気概が強く感じられるが,それらとは異なる意欲も感じる.著者は,定年退職を直前にして,これまでに指導した学生が研究した全国各地のフィールドを再訪して,写真集を作っているそうである.学生とともに苦労してやってきたフィールドワークの思い出が,著者をそうさせるのであろう.フィールドは単なるサンプルの採集地,データの供給地ではない.そういう著者の思いが,「東北日本弧」という題名の本書に詰まっているように思う.本書が多くの学生に読まれ,フィールドに根ざした岩石学を志向する研究者が続々と育ってくることを切に願う.

 

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)


[石渡ページ]

2009年12月07日作成・2013年10月07日更新