写真集の紹介

「大地の鼓動 柱状節理の四季」

山本治之著

光村推古書院 2009619日発行   96ページ 税込み2,520

24.8x22.2x1.4 cm, ISBN978-4-8381-9973-0

 日本地質学会ニュース12巻10号45ページ掲載(2009年10月15日発行)

[東北大学東北アジア研究センター] [石渡ページ]  
[東北大学理学部地球惑星物質科学科] [東北大学大学院理学研究科地学専攻] 


これは写真家の山本治之氏が,日本全国の見事な柱状節理の露頭約80箇所を約5年間かけて回り,絶好のアングルから絶妙なタイミングを捉えて撮影した92枚の風景写真を収めたものである.柱状節理が,水や草木とともに,光と風の中で織り成す自然の美しさを写し取ったカラー画像ばかりであり,11枚から撮影者の感動と気迫が伝わってくる.人間や動物は一切登場せず,神社や灯台などがわずかに人間と自然の関わりを示すだけである.撮影者が「あとがき」で述べているように,規則的な柱状節理のリズムを見ていると,高温の溶岩が冷却とともにバキッ,バキッと割れていく「大地の鼓動」が聞こえてくるようだ.これまでにも海,山,川,滝などをテーマにした風景写真集はあったが,柱状節理というかなり専門的な地質現象をテーマとしてプロの芸術家が著した写真集は,多分これが初めてだろう.

 荒涼とした阿蘇火山の中央火口内に露出する不気味な色彩の柱状節理を最初として,満開の桜の向こうに毅然として林立する圧倒的な岩柱群,緑の広葉樹に囲まれた柱状節理の滝にかかる七色の虹,垂直な節理の間にしがみついて点々と生える小木が思い思いに紅葉する姿,そして雪に覆われた山腹を柱状節理の黒い壁が切り裂く水墨画のような風景が,ほぼ四季の移ろいに沿って配列されている.柱状節理は日本の美しい景色の引き立て役であるとともに,列島の旺盛な火山活動の証拠として全ページを通じての主役でもある.柱状節理は,重力の方向とは無関係に,冷却面に対して垂直に形成されるので,その向きは縦,横,斜め,放射状など様々であり,また岩体の大きさ,種類(溶岩,溶結凝灰岩,岩脈,岩床など),マグマの化学組成に応じて節理の間隔や岩肌の様子も色々であって,それが水や植物とともにつくる景観は1つとして同じものがなく,1ページ毎に眼を楽しませ,心を清流の谷間や潮騒の海岸に遊ばせてくれる.地質家として見ると,柱状節理に垂直な板状節理の間隔や発達の程度が様々であることに改めて気づかされ,その成因について考えさせられる.

地質学の学術雑誌,教科書,巡検案内書,普及書を発行することは本学会の大切な仕事であり,それらの口絵や図版として掲載される優れた露頭写真は,地質学への興味を広げ理解を深めるために大きく役立っているが,それとは別に,この本のように,プロの写真家が,独自の視点から,特定の地質現象をテーマとして,その美しさ,力強さを芸術的に表現してくれると,地質学がもっと一般の人に身近に感じられるようになり,地質学の普及に大きく貢献すると思う.その効果は,「日本沈没」や「死都日本」のような地震や火山を題材とした小説に劣らないだろう.今後,例えば「日本の褶曲」や「日本の断層」を,芸術家の眼で撮影した写真集が出てくることを期待したい.

 巻頭には私のQ&Aや他の火山研究者のホームページから引用した柱状節理についての解説があり,巻末には全部の写真の撮影地リストと位置図が添えられていて,この本を教材用や研究用として使うことも可能である.会員各位に本書の鑑賞をお勧めする.

 なお,本年99日の日本経済新聞の文化欄「地球の息吹 カメラに」という記事に,山本氏が会社を早期退職して写真家になった経緯や本書の完成までの苦労話などが載っているので参照されたい.

 (石渡 明)


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2009年11月06日作成,2013年10月07日更新