本の紹介 「惑星地質学」

宮本英昭・橘 省吾・平田 成・杉田精司 編

東京大学出版会 2008113日初版

B5260ページ,\3200+税,ISBN978-4-13-062713-9

この紹介文は日本地質学会News, 12巻12号3ページに掲載されました.日本地質学会の許可を得て再録します.

[石渡ページ]


 

この本は,2007年秋に東京大学総合研究博物館で行われた『異星の探査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』という展示の図録として,編者らが構想段階から3カ月という短期間で完成させ,展示期間中に完売したものを,我が国最初の惑星地質学の教科書として翌年そのままの形で出版したものである.「地質学」と銘打っているが,4人の編集者に地質学会の会員はおらず,43人の執筆者も,地質学会の会員はわずかである.私はこの展示や本書の作成には全く関わっていないが,地質研究者がこの本を読むことは重要だと考え,ここに紹介する.本書のカバーにある,火星探査車オポチュニティーが撮影したビクトリア・クレーター内壁の堆積岩の地層の露頭写真は,地質学がもはや地球だけのものではないことを象徴的に示している.

まず,本書の内容を目次に沿って列挙する.第I部「惑星地質学の基礎」は「惑星地質学とは」,「固体天体の地形」の2章よりなり,第II部「太陽系固体天体の地質」は,「水星」,「金星」,「月」,「火星」,「小惑星」,「彗星」,「木星の衛星と環」,「土星の衛星と環」,「天王星・海王星の衛星」の9章よりなる.そして第III部は「太陽系天体・惑星探査データ集」として「太陽系天体の諸元表」と「主な惑星探査ミッション」の表が掲載されている.その他,「白亜紀・第三紀(K/T)境界の巨大衝突」,「同位体顕微鏡―ケイ酸塩プレソーラー粒子の発見」,「月隕石―月の全体像を知る手がかり」,「後期隕石重撃の謎」,「冥王星」など12件の興味深いコラム記事が適宜配置されている.

本書は固体表面を持つ地球以外の全ての太陽系惑星とほとんどの衛星,およびいくつかの準惑星,小惑星,彗星について,最新の情報を用いて地表の地質学的(ただし月と火星以外はほとんど地形学的)特徴を説明し,その形成メカニズムを考察している.本書には計378枚もの写真,図,グラフが使われており,本文や図の説明文はとてもわかりやすい.英語表記を最小限にとどめ,天体の地名や探査機の名称はカタカナ書きなので,素人にも読みやすい.金星のクレーターを引き裂く地溝帯や山脈の褶曲構造,複数の溶岩ドームを伴う円環状の巨大火山(コロナ),月全体のFeTiThの濃度分布図,火星の湖成堆積物の露頭や極地域の氷の地層,それぞれ異なる小惑星の表面の様子,木星の衛星イオの火山活動の変化,土星の衛星タイタンの氷が転がる平原や液体メタンの湖など,本書の写真を眺めるだけでも太陽系全体の地質を直感的に把握できる.

本文では,惑星地質学の最新の成果として,クレーター年代学などに基づく金星表面の「5億年前大規模一斉更新説」,アポロ以後のリモートセンシングや月隕石の研究による月面全体の岩石組成分布と新たな月の形成史(アポロ時代に研究された月の表側の地域は「嵐の大洋KREEP地域(PKT)」という,月の全体から見ると特殊な化学組成をもつ地域であることがわかった月の裏側南部の「南極エイトケン盆地(SPA)」には月の下部地殻の岩石が広域的に露出しているらしい,など),火星の堆積岩の分布から昔の海や湖の存在が推定され,極地の氷原や一部のクレーターの内部では現在も地形の変化が起こっていること,土星の衛星タイタンの表面で液体/気体のメタンを媒体とする物質循環が行われていること,などが詳しく説明されている.また,クレーター形成頻度の時間変化から,太陽系では惑星誕生の約5億年後(40億年前)に「後期隕石重爆撃」があったとする説があるが,その原因として,遅くまで成長を続けていた天王星と海王星の影響により,木星と土星の軌道が次第に変化し,公転周期の比が2になった時点で両惑星が摂動によって大きく軌道を変化させたために,他の太陽系天体の軌道も大きく擾乱され,隕石重爆撃が発生した,という新しい考え方が紹介されている.

我々地質研究者に興味深いエピソードとして,月の章の著者が受けた次のような学生時代の地質学の訓練の話がある(p. 112).「その岩石がなぜそこにあるのか,その時間的空間的な変遷のストーリーに徹底的にこだわるのが地質学なのである」.「訓練を受けている時は,道に転がっている石(転石)を拾って試料とすることを厳しく禁じられていた」.後に隕石を研究するようになってからは「野外地質学を行う研究室の学生から『転石地質学』だと揶揄された」.これらは,この著者の体験としては事実だと思うが,地質調査では転石の調査も重要であり,転石から大きな発見が生まれることもあるので,地質研究者全員が転石を軽視しているわけではない.月面では水がないので普通の岩石カッターが使えず,将来の日本の無人月面探査に向けて,超音波カッター方式とワイヤーソー方式を開発中という記述も興味深い.140-147ページには地球上での比較惑星フィールドワークの重要性が述べられており,地質研究者も積極的に惑星研究者との交流を行うべきだと感じる.

地質の専門外の執筆者が多いためか,本書には地質学的に疑問を感じる部分がいくつかある.18ページの「火砕物(破砕された岩石)」は,せめて「火砕物(火山から噴出したマグマや火山岩の破片)」のようにしてほしい.また,本書では「玄武岩」で通しているのだから,図1-2-9の「ライオライト」は「流紋岩」にしてほしい.19ページの「火星の巨大な火山には,頂上に直径数10kmのカルデラがあることが多い.このことから,主に爆発的な火山活動が生じていたと考えられる」は疑問であり,静かな溶岩流出をする火山でも,大きなカルデラ陥没は起き得ると思う.

短期間で制作したためか,本文や図の間違いも多い.例えば,21ページの「地形の劣化(gradation)」はdegradationの間違い(第II9章では「緩和」と言っているが,劣化と同じ意味なら用語の統一が必要)であり,27ページのシャッター(shutter)コーンはシャター(shatter)コーンが正しい.44ページ他のメテオ・クレーターは,従来の地学事典などではメテオール・クレーターと表記されてきた.図2-3-2の月の断面図の右側は「表側」ではなく「裏側」である.114ページのコラムの表題や本文にある「重撃」は「重爆撃」が正しいと思う. 131ページの「ダストデビル」は索引にも載っているが説明されていない.152ページの表題の「火星創世記の岩石」は「創世期」が正しいだろう.199ページの「不純物の量や」は文脈に合わず意味不明である.115ページの「45億年前の惑星か(が)」,次ページの「地球型惑星を(に)衝突した」,145ページの「デボン島もや」,171ページの「考えられている,(.)」など助詞や句読点の間違いも多い.図2-3-26114ページの図1は印刷が暗くて一部の色がよく見えず,図2-8-39-40は互いに説明文が入れ替わっている.これらは増刷の際に修正してほしい.

このような多少の不備はあるが,本書は太陽系全体の「惑星地質学」を,豊富な写真や図を用いて読みやすい文章で総括的に概説した本邦初の教科書であり,日本の地球惑星科学全般の研究と教育に大きく貢献すると思う.

なお,本書には,それぞれの天体の詳しい地図がついていないので,本文の説明や写真の場所がどこなのか,位置が把握しにくいことがある.その場合は,最近出版された渡部潤一・布施哲治・石橋之宏・片山真人・矢野 創著「太陽系大地図」(小学館,2009年,税込6090円)を参照するとよい.

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)