随筆(本サイト・オリジナル)

 

「英語の曜日名について」

石渡 明

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2010年02月27日作成・2013年10月07日更新


英語の曜日名について

 日,月,火,水,木,金,土の各曜日の名は七曜(最も明るい7つの天体)の名前に基づく.学校で習うように,英語ではそれぞれSunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturdayという.Sundayは読んで字の如く「太陽の日」であり,MondayがMoon(月)に由来することも容易に理解でき,SaturdayもSaturn(土星)から来ていることは明らかだが,他の4つの曜日の英語名はどうも理解に苦しむ.フランス語では,火,水,木,金の曜日はそれぞれmardi, mercredi, jeudi, vendredi, イタリア語でもmartedi, mercoledi, geovedi, venerdiと言って,それぞれ英語のMars(火星,マルス神),Mercury(水星,マーキュリー神),Jupiter (木星,ジュピター神),Venus(金星,ビーナス神)と対応するので,これらラテン系の言語の曜日名は七曜の名前(それぞれに対応する神様の名前)に由来することが明らかなのだが,英語の火,水,木,金の曜日の名は,これらとは違う起源を持つようだ.なお,土曜を示すフランス語のsamedi,イタリア語のsabatoは「休み(安息日)」という意味であり,同様に日曜を示すdimancheとdomenicaは「神の日」という意味で,これらも七曜の名前に由来せず,宗教的な制度に由来する.


 いくつかの百科事典によると,英語の火曜,水曜,木曜,金曜の語源は北欧神話の神々の名に由来するという.なるほど,英語はアングロサクソンの言語の一つであり,ドイツからスカンジナビアにかけての民族に崇拝されていた神々の名を曜日につけるのは納得できる.ローマ神話の主神ジュピターはラテン系言語では木曜の名の元になっているが,北欧神話の主神オディン(Odin, Othin, Woden, Wodan)は水曜(Wednesday)の名の語源になっている.火曜(Tuesday)の名の語源になっているのはテュール(Tyr, Tiw)であり,ローマ神話のマルスと同様に戦争の神様で,オディンの息子である.木曜(Thursday)の語源になっているトール(Thorr, Thor)もオディンの息子で,農民の信仰を集めた雷神でもある.神々と人間を守るために二頭のヤギが引く戦車に乗って巨人族と戦い,その戦車が走る音が雷鳴だという.投げても手に戻ってくるハンマーと鉄のグローブと強力なベルトが,巨人族と戦う武器である.金曜(Friday)の語源になっているフリッガ(Frigga, Frigg)はオディンの妻で,最高位の女神であり,縁結びの神でもある.月曜と金曜に関係する神様が女性であるのは,ラテンもアングロサクソンも同様である.


 そういえば,日本や中国では月の名前を数字で1月,2月のように呼ぶが,欧米の国では今でもローマ時代以来の名前を使っており,不思議なことに月の名前にはラテンとアングロサクソンの違いがない.数字でなく,覚えるのが大変な月の名前をわざわざ日常生活で使うのは,欧米の日付の書き方に問題があり,数字のあとに「月」や「日」をつけないので,数字だけだと月と日が判別できない場合があるからだと思われる.日本にも睦月,如月,弥生・・・という月の呼び方はあるが,日常生活ではほとんど使われない.それはさておき,欧米で使われている月の名前には,神様の名前あり,皇帝の名前あり,ずれた数詞ありで,非常に混乱している.例えば,9月から12月は英語でSeptember, October, November, Decemberというが,これはそれぞれ7月,8月,9月,10月の意味で,2ヶ月ずれている.そもそも,紀元前740年に制定されたローマ暦(太陰暦)では,1年はマルスの月(春の3月)から始まって10月(今の12月)まであったが,冬の間は農耕も戦争もできないので,残りの約60日間は月を数えなかった.紀元前710年になって,冬のこの期間にヤヌアリウスの月(1月)とフェブルアリウスの月(2月)を加えた.紀元前600年頃には太陰太陽暦に変わり,冬至の日の後に始まるヤヌアリウスの月を1年の最初として,その次のフェブルアリウスの月の後に隔年で閏月を設けることにした.現在の暦で,2月の日数が少なく,閏日をこの月の最後に入れるのは,この名残である.しかし,この変更のため,月の順番と数詞の名前の間に2ヶ月のずれが生じてしまった.紀元前46年に,ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)が太陽暦(4年に1度閏年を設けるユリウス暦)を公布し,それまでキンティリス月と呼んでいた7月に自分の名前をつけた(英語のJuly).さらに次の支配者,ローマ帝国初代皇帝のアウグストゥスは,それまでセクティリス月と呼ばれていた8月に自分の名前をつけた(August).ローマの神々を嫌って,曜日の名前に自分たちの神々の名前をつけたアングロサクソンも,どういうわけかこれらのローマの支配者たちの名前を,自分たちの月の名前として使っている.


 現在我々が使っている太陽暦(グレゴリオ暦)は,4年に1度(4で割り切れる年に)閏年を設ける点ではユリウス暦と同じだが,100で割り切れて400で割り切れない年は平年とする点で異なる.1582年からカトリック教国(イタリア,フランスなど主にラテン系の国)で使われ始めたが,プロテスタントや正教の国,キリスト教以外の国では採用が遅れ,イギリスは1752年,日本は1873年(明治6年),ロシア(ソ連)は1918年,ギリシャは1924年からこの暦を採用した.世界のほとんどの国がこの暦を使うようになったのは,もっと最近のことである.週や曜日の制度は太陽暦と一緒に世界に広まったが,英語の例で見たように,曜日の名前は,それぞれの国の歴史,宗教,国民性などによって様々である.例えば,我国と同じアジアにあって漢字を使う中国では,七曜の名前を使わず,月曜を星期1,火曜を星期2のように数え,星期6(土曜)の次は星期日(日曜)という.合理的ではあるが,無味乾燥な感じがしないでもない.


 ところで,現在世界中で使われているグレゴリオ暦も,大の月・小の月の配列が不規則で,2月だけが他の月より2〜3日短いなど,不都合な部分があるので,いずれ改暦した方がよいと思う.例えば,奇数月を大の月(31日),偶数月を小の月(30日)にして,11月(1が偶数並んでいる)は平年が小の月,閏年が大の月とすれば,今よりもずっと使いやすい暦になるだろう.ただし,このように改暦すると,8月31,10月31日,12月31日生まれの人は誕生日が無くなってしまうので,それらの人は反対するかもしれない.また,曜日や月の名前は,どこの国でも,近い将来,中国のように数詞だけで呼ぶようになるのかもしれない.日本ならさしづめイチ曜(月曜),ニ曜,サン曜,ヨン曜,ゴ曜,ロク曜,ナナ曜(日曜)ということになるだろうか.


 この話題に多少関連するので少し追記すると,理学部における私の講義の惑星地質の回の出席票に,「アポロは太陽神なのに,なぜ月に行ったのか」という質問を書いてきた学生がいた.「太陽まで行くのだから,途中で月に寄ってもいいだろう」というのは不誠実な答えである.アポロ計画に関するホームページを見ても,この質問に対する適切な答えは見つけられなかった.しかし,アメリカの宇宙開発の歴史を振り返ると,答えは自ずから明らかだと思う.最初の有人宇宙船は1人乗りのマーキュリー(ギリシャ神話ではヘルメス)であり,この神様は羽の生えた帽子と靴を着用して天空を一人で逍遥する.次は2人乗りのジェミニ(双子座)であり,カストルとポルックスの2人の兄弟が仲良く天空を廻っている.次がアポロであるが,ギリシャ・ローマ神話では,太陽はアポロ神が4頭立ての馬車で天空を駆ける姿であるとされる.映画ベンハーの競争シーンに出てくるような戦車である.つまりアポロは馬と神様と合わせて5体で天空を疾走しているわけで,3人乗りの宇宙船の名前としては悪くない.上で述べた北欧神話のトール神もヤギ2頭が引く車に乗って空を駆けるので,数の上ではこちらの方が一致するが,雷神と太陽神では神様としての格が違う(ヤギと馬も能力がかなり違う)だろうし,そもそも雷神は月まで行けそうになく,地表に落下する可能性も大きいので縁起が悪いということだろう.

石渡 明(東北大学東北アジア研究センター)


【質問と回答】

質問: 曜日の名前について

貴職の随筆、興味深く拝読しました。 ただ一つ疑問があるのです。金曜日については、フリッガを由来とされていますが、Fridayの由来をフレイヤとする説を多く見受けます。ローマ神話の美の神であるビーナスと意味的に共通する美神であり、金星(ビーナス)との関わりからすれば、フレイヤの方が適当と思うのですが、フリッガの根拠は何でしょうか。

飯冨英博(Thursday, November 10, 2011 9:29 PM)

回答: 飯冨英博様

 私のホームページの文章をお読みいただき、ありがとうございます。私は曜日の語源の問題について深く研究しているわけではなく、あの文章にも「百科事典によると」とお断りしている通りです。しかし、ちょっと調べてみましたところ、おっしゃるようにフレイヤ説をとる百科事典もあることがわかりました(平凡社)。フリッガ説をとるのは小学館の百科事典で、私はこれを見てあの文章を書きました。アメリカでよく使われている常用の英語辞書American Heritage DictionaryFridayの項目を見ると、その古語はFrigetaegであると書いてあります。これはフリッガ説を支持します。一方、ドイツ語の金曜はFreitagで、これは「女神フレイヤに捧げた日」であることが明記されています。従って、どうも英語はフリッガ、ドイツ語はフレイヤで、同じアングロサクソンでも、部族によって女神が違う可能性があります。こんなところで、御勘弁いただけますか。

石渡 明Friday, November 11, 2011 1:49 PM


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