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北極科学サミット週間 2013参加記

 

*古都クラクフへの旅路

 2013年4月13日から19日までポーランド・クラクフ市で北極科学サミット週間(Arctic Science Summit Week)2013が開催された。この行事は、北極研究に関わる研究者らによって構成される国際的NGOである国際北極科学委員会を中心に、関係する北極研究組織によって主催される国際会議である。前半に実務者会議(Business Meeting)、後半に科学シンポジウム(Science Symposium)で構成される。実務者会議は13日から16日まで開催され、各国から選出された委員が、それぞれ理事会や作業部会・アクショングループなどの会合を開催し、今後の北極研究の方向性や組織の事業方針について検討した。後半の科学シンポジウムは、いわゆる研究発表会であり、全体セッション・専門分野セッション・学際セッションに分かれ、口頭発表140本、ポスター発表139本という形で構成された。また数回にわたる懇親会・教会でのパイプオルガンコンサート・北極研究関連映像上映・市内見学を含めた様々な関連行事も組み込まれていた。25国から300人以上の参加者があり、研究者はいうまでもなく、各国の研究機関や研究支援機関・行政部門の実務者なども参加する大変賑やかな国際会議であった。

  

 2013年3月から私は国際北極科学委員会の社会人間作業部会(SHWG)の日本選出委員を務めることになった関係で、初めてこの会議に参加することになった。仕事の都合もあり、4月14日から19日午前中までの滞在だった。フランクフルト経由でクラクフに到着し、極地研究所の榎本浩之さんと空港で遭遇したので、一緒に乗り合いバスに乗りクラクフ駅まで移動した。駅から歩くと、まずポーランド極地研究所の調査研究活動の屋外写真パネルが目に飛び込んできた。これもまたこの会議の関連行事で、市民にむけた北極研究のアピールであった。これを通り過ぎると、すぐに赤レンガ造りの円形状のバルバカン砦があり、ここに設置されているフロリアンスカ門を通ると、世界遺産にも登録されている旧市街が広がる。旧市街は元々城塞都市であり、かつては周囲が囲われていた。第二次世界大戦で空襲を受けなかったという町並みは、高い尖塔の教会や古くからの建造物、そして中央広場によって構成されている他、観光客用に装飾された馬車の足音が石畳に響いてくる極めて印象的な空間だった。会場となったヤゲロニア大学(Jagiellonian)は、それぞれの学部や施設の建物が町中に分散していたこともあり、この旧市街を堪能しながらの会議参加となった。


*社会人間作業部会

 私がまず参加したのは、実務者会議の社会人間作業部会である。北極地方、厳密な定義があるわけではないので,日本語の語幹では極北といったほうがいいのかもしれないが、ユーラシア北極・アメリカ北極はいずれも歴史的に人間がくらしてきた場所である。この点で北極地方は人文社会科学が伝統的に研究対象としてきた地域なのである。現在の作業部会のメンバーは21名おり、そのうち18名は国際北極科学委員会を構成する国家の代表である。専門分野は人類学、人文地理学、国際法、政治学、科学史、国際関係といった構成だった。これ以外に、例えば国際北極社会科学学会(International Association of Arctic Social Science)の学会長がメンバーとなるなど関連する組織からの参加であった。作業部会は公開会議とメンバー限定会合に別れていたため、公開会議では理系の研究者や科学シンポジウムに参加する若手の研究者も参加していた。


 会議の議事は、社会人間作業部会の2012年の活動報告、他の作業部会との学際活動報告、2015年開催予定の第三回北極研究計画会議(3rd Conference of International Arctic Research Planning)についての情報提供等が行われた後、作業部会の科学的焦点(Scientific foci)についての審議、2013年活動の提案と審議という形で行われた。作業部会の代表を務めるアラスカ大学フェアバンクス校のピーター・シュヴァイツァー教授が司会進行したが、当初、この作業部会に初めて委員を選んだ日本、チェコ共和国、インドについて言及が有り、当日出席した日本(私)とチェコ代表の委員の紹介があった。そして限られた予算のなかで国際的な北極研究を活性化するための方針と具体的な事業を決めることが会合の目的であることが明示された。


 作業部会の活動は、委員から提案があったワークショップ主催や、出版事業などの特定事業への支援によって構成される。研究方法論・人間開発・気候変動への適応に関わるそれぞれの事業が報告されたが、印象にのこったのは、スウェーデン代表委員Peter Skold氏による「北極社会科学・人文学の歴史と方法論」と題するワークショップ報告だった(2012年12月実施)。これは文字通り、人文社会系の北極研究の歴史やそこに関わる方法論について関係者が発表し討論して実施されたが、その目的は従来、北極研究というかたちでまとまっていなかった研究の蓄積と方法論を統合することが目的だったという。このような関心は他のメンバーでも共感され、それぞれの専門分野や地域割りで閉じていた研究枠組みを、北極という形で統合することの可能性が提言された。


 なお、ヨーロッパでは人文社会を含めた北極研究の強化が進められているという印象をもあった。例えばこのスウェーデンの委員からは国内の研究事業動向として、ウメオ大学のなかに人文・医学・自然・社会の4の部門からなる北極研究センターと、スウェーデン極地人文社会科学委員会(Swedish Humanities and Social Science Polar Committee)が設置されたことが報告された。またオーストリアでも極地研究所の設置準備がすすめられ、そのなかには人類学者など人文社会系が含まれているという。このような議論の流れのなかで、私自身も日本の北極観測研究コンソーシアム(JCAR)の存在について説明した。従来この作業部会には日本選出の委員会がいなかったが、私が任命され、この会議に派遣されこと自体、日本側も同じ方向性をもっていると思われると発言した。


 科学的焦点とは、作業部会の活動を方向付けるいわば研究方針といってよい。基本的には昨年度までのを踏襲しながら若干修正を加えるという形で定められた。定められたのは(1) Arctic residents and change: Adaptation and cultural and power dynamics (2) History and methodology of Arctic Sciences and arts (3) Human health and well-being (4) Natural resources use/exploitation and development: past, present, future (5) Perceptions on representation of the Arctic (6) Security, governance and lawである。内容については、北極の人間社会の変化・方法論と学史・健康福祉に関わる社会指標・資源開発・北極の表象・安全保障と国際関係といったことになる。修正部分もふくめて今年度の特徴をいえば、北極地域の資源・エネルギー開発問題に対してこれらの研究方針がより取り組みやすくなったことであると思う。例えば、(1)先住民社会だったのが、北極地域に暮らす住民全体となった。変更はないが、人間開発指標に関わる(3)や安全保障と国際関係に関わる(6)は全体として整合性をもったことになる。


 このような形で作業部会は議事がすすんでいったが、私にとっては、各国で人文社会科学による北極研究が強化されつつあること、また特に自然開発とエネルギーの問題が重要視されているのが強い印象となってのこった。従来、文理融合的な北極研究としては気候変動研究がもっとも重視されていたと私自身は理解していたので、大きな変化がうまれつつあると思った。あるいは温暖化がすでに確認されたので、その結果として生じる自然現象が人間社会にどのように影響をもたらすのかについての文理融合的な課題へのシフトと考えることできるかもしれない。


 ちなみに21人の作業部会のメンバーの中の私を含む5人は人類学者で、全員比較的親しい友人だったので、初めての会議のわりには楽しく参加することができた。さらにこの会議では毎日昼食が会場内で提供されたため、初めて知己を得た人でも食事をしながらおしゃべりを繰り返す中で打ち解けることができた。



*科学シンポジウム

 科学シンポジウムは、17日から19日まで行われた。毎日午前の早めの時間に、全員が参加できる全体セッションが開催され、文系理系双方の分野の基調講演が組み込まれていた。専門分野セッションは全部で5あり、学際セッションは4つ、さらに夕方にはポスターセッションが開かれ、毎日発表ポスターは入れ替わった。ポスターセッションの際には、ビールやワインなども用意されたため参加者は飲み物を堪能しつつ、ポスター発表者との会話を楽しむという趣向になっていた。


 人文社会系にかかわるのは、専門分野セッションとして第5セッションImpact of Global changes on Arctic societies、学際セッションとして第6セッションのArctic people and resources: Opportunities, challenges and risks、第7セッションApplying local and traditional knowledge to better understanding of the changing Arctic、第8セッションArctic System Science for regional and Global sustainability、第9セッションChanging North: Predictions and scenariosであった。興味深いのは、人文社会系の専門分野セッションは第5の一つだけでのこりは、すべて学際セッションとなっていたことである。とはいえ、実際の発表題目をみてみると、この「学際」は文理連携・融合というよりもむしろ文系分野での学際連携ということがメインであった。


 朝の全体セッションが終わると、4つの会場にわかれて個別セッションが実施される。それ故に私が参加できたのは、第6/7/8セッションの一部である。それらについて全体をまとめることはできないが、特に印象に残ったことについて言及しておきたい。


 第6セッションは、北極の居住者と資源とめぐる問題がテーマとなっていた。ここでは民族考古学分野による人類史的な研究から現代における資源開発の問題までが含まれていた。おもしろかったのは北極研究における交通運輸システム・地政学や安全保障が重要な課題となっていることだった。特に北欧諸国の研究者がこの種の関心をもっているようである。冷戦時代は軍事化された地域であるがゆえに逆説的に平和的共存だったいう事態だったが、現在は文字通り北極はエネルギ−・環境政策という観点で政治経済的に動態化している。これにいかに社会科学はアプローチするのかについての様々な挑戦が始まっていることを実感した。


 第7セッションはまさに人類学や人文地理学で近年研究が進んでいる気候変動と先住民の伝統的知識についてのセッションだった。ここで印象的だったのは、先住民の伝統的知識を文化相対主義的な観点から記述=説明するというよりも、むしろ伝統的知識の視点から気候変動を感知できるのかそのドキュメント化をさまざまなメディアを使って実現していた報告があったことである。これは研究成果の社会還元という意味でも興味深かった。また、伝統的知識による知見と自然科学の知見をどのように統合化するかという意欲的な発表もあった。さらに、気候変動とは異なるが、激変する自然・社会環境のなかで、環北極における地域社会の教育・福祉・健康・文化的福祉・肥満度などの社会指標を把握しこれをどのように人間開発の政策に反映させるかという議論も印象的だった。


 第8セッションは地域とグローバルな持続可能性というテーマだった。ここでも第6セッションと同様に安全保障の問題が議論されたほか、地域社会の持続可能性の問題と、国際的な共同によって行われている研究体制の構築のあり方などが議論されていた。特に印象的だったのは、北極の地政学のアプローチには冷戦時代からつづく国家間の競合的関係に着目するアプローチと、近年出現しつつある二国間・多国間、さらにNGOなども含めた国際協力関係に着目するアプローチがあるという発表だった。そして後者によって、北極は軍事的な基地というイメージから脱しつつ有り、むしろ地域的・ローカルな対象として北極を認識する視座が出現しているという。この指摘は、とくに他の発表などを通しても、ヨーロッパにおいて浸透しつつあるのかもしれないという感想をもった。


 それぞれのセッションは明確にテーマ毎にわけられるというよりは相互に関連しあう形で構成されていたと思う。これらのなかで私がえた感想は、北極の人文社会科学は大きく2つの主要テーマと他のさまざまな関心からなりたっているのではないかということである。主要テーマの第一は、これまでも何度も言及してきたように、北極のエネルギー安全保障・地政学に関わる政治学・国際関係論である。これは近年の地球温暖化でこの種の課題が着目されることは予想していたが、実際にこれほど多くの研究者が着手しているとは思ってもいなかった。第二に、気候変動を含む社会・自然環境変化に関わる地域社会の対応についての人類学・人文地理学的な課題である。後者は従来、先住民を中心にして行われてきたが、北極のエネルギー資源開発がすすむなか、非先住民もふくめた北極圏の地域社会全体に対して人類学的フィールドワークを踏まえたアプローチが出現しつつあることも強い印象になって残った。


*おわりに

 私見では、従来の北極研究は自然科学者と社会科学の分野では人類学者を中心に行われてきた先住民研究が文字通り中核であった。今回の北極科学サミット週間2013に参加して確信したのは、新しい北極研究がより広い意味でも人文社会科学によって取り組まれつつあるということである。先住民を含めた北極の人間社会全体へのアプローチが急速に進んでおり、この点での自然科学との新たな接点が問題化されていることを理解する旅となった。











 

2013年5月8日水曜日

 
 
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