人社サロン|三太郎の小径

TOHOKU UNIVERSITY

社会保障というのは、こういう要件を満たすと、こういう受給権を得られますという制度なので、それを知ってもらって、使いたいという人が自分で申請をする必要があります。制度自体が知られていない、自分の生活状態について判断ができてなくてどんな制度が必要なのかわかっていない、助けてもらう必要があるのではと思ってもどこに行けばいいのかわからない、などの事情で現実的にはなかなか入口まで辿り着けず、社会保障制度が受益できないという問題があります。

生活困窮者自立支援は、そのような人たちに対して、行政側が待っているのではなくて、アウトリーチと言ってその人たちをいろいろな方法で探して、必要な相談支援で近づいていく。状況を把握して一人ひとりの問題を解きほぐして、個々に対して支援できることを検討し、その後も支援計画をつくって継続的に伴走しながら支援するという仕組みです。生活困窮者自立支援の中でも相談支援事業などは、社会保障法学と社会福祉学が重なり合う領域のテーマになりますので、法研究としても厚みのあるものになります。

また最近の社会保障の動きとしては、個人への支援だけでは支えきれない問題も出てきているので、地域社会とともに支援のあり方を探っていこうという考え方が出てきています。地域共生社会を目指す、もちろん地域住民に対しての強制になってはいけませんが、地域自体を変えていくという考え方になってきているとも言えます。こうした地域住民の自立を支える地域社会のあり方の変化、国の役割の変化ということについても研究しています。

――これまでの研究の経緯について、振り返ってみてどのような感想をお持ちでしょうか。

:私は法学政治学研究科の助手として社会保障法の研究を始めました。まずは年金制度を対象にして、どんな制度なのか、国にはどんな役割があるのか、ということを考え始め、次には家族や地域の役割、そして地縁というものが薄れてきた中で国家はどのように支援していくのか。ひと言で言えば、社会保障について国の役割に着目して研究している、ということだと思います。

日本の社会保障の法構成は
厳格に緻密に組み立てられている

――先生の著作についてご紹介いただけますか。

:「年金制度と国家の役割」は、先ほど話したように助手論文として書いたものですが、20世紀初頭に年金制度が誕生した時から2006年現在までの歩みを追いかけてまとめたものです。私はちょうど2004年から2006年までフランス西部ロワール地方のナントという都市に留学しました。この本はその時に仕上げたものです。
フランスの社会保障制度は、非常に分厚い法典に編纂されている緻密な法規によって成り立っており、日本と同様に複雑です。ただ、留学当時、日常生活においては、フランスと日本とで制度設計の違いを感じることが多くありました。たとえば、電気料金でいうと、日本は毎月使用量を測定して毎月の使用料金を計算しますが、フランスは最初の月をベースに1年間に適用する月額の電気料金をまず定額で設定し、年末に1年間の実際の使用量を測定して料金を調整する、という方法でした。こうしたフランスの考え方は、社会保障制度においてどのように公正性を担保するのか、制度ごとに担保するのか、社会保障制度全体で担保できればそれで良いと考えるのか、という視点を与えてくれました。
「社会保障法」という本は、私を含めて4人の社会保障法学者が全体を分担して共著としてまとめた教科書で、私は「年金」と「生活保護」を担当しました。これ一冊で社会保障法をわかりやすく学べると思います。
それから「社会保障制度」という本は、編者として参加したもので、社会保障制度のとくに年金、医療、介護について先進諸国の制度を比較しながら法学の観点から概観した基本図書で学部生にも勉強してほしいものです。

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嵩教授の著作





――研究と教育ということについては、どのような考えをお持ちでしょうか。また研究時間と生活時間の使い方についても、うかがってよろしいでしょうか。

:研究者は研究だけしていればいいというわけではなく、いつも教育に向き合っていることが大切だと思っています。演習などで法を学ぶ学生たちに教えていくことは、様々な問題点を整理していくことになり、それがまた研究の方で新しいアプローチにつながっていったりする面があります。教育は研究と両輪をなすものと理解していて、本質を理解していないと教育はできないと思います。本質を理解していればこそ、簡潔な説明ができたり、わかりやすい言葉に置き換えたり、大幅にはしょったりすることができます。本質の理解なしには、説明は伝わらず、相手の理解も得られません。そして本質の理解とは、積み重ねてきた研究に基づいて、どこまでも掘り下げて理解することだと思っています。

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