人社サロン|三太郎の小径

TOHOKU UNIVERSITY
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[人社サロン インタビュー]

社会保障法学の役割とは
家族とは、国家とは何か
東北大学大学院法学研究科 教授
嵩 さやかDAKE, Sayaka
年金、家族、扶養の
テーマを追求して
わかってきたこと

――まず最初に、先生の研究分野について教えてください。

:私は社会保障に関わる法、社会保障法学の研究をしています。社会保障法とひと口に言ってもその内容は、年金保険法、医療保険法、介護保険法、社会福祉法、生活保護法など、非常に広範で複雑な領域に関わっていますが、私は研究テーマとして主に3つのことに力を入れてきました。最初は年金制度の研究。それから、社会保障と家族・私的扶養との関係についての研究。そして社会保障における自立支援、とくに生活困窮者自立支援についての研究です。

――その3つの研究テーマについてうかがいたいのですが、1つ目の年金制度については、どのような研究なのでしょうか。

:社会保障の研究で最初に取り組んだのが年金制度です。助手論文として「年金制度と国家の役割」について執筆したのが最初でした。1990年代は厚生年金の民営化などの議論が盛んだったことから、高齢者の所得保障において国家はどのような役割を担うべきか、との切り口でイギリスとフランスの年金制度の沿革を追った論文です。その後も、主に公的年金制度の解釈論・政策論について、ジェンダー、女性の働き方、高齢者雇用との関係、支給開始時期を個人の選択に委ねることと社会保険の考え方との関係など、さまざまな論点から検討し、社会保険としての公的年金制度の意義を探求しています。

――2つ目の家族や扶養というテーマは、誰しも関わりのあることですが、非常にデリケートな問題を含んでいるように思いますが。

:社会保障とは、従来家族・私的扶養が担ってきた機能に代替する形で発展してきたとも捉えられます。ただ社会保障がある程度発展している現代においてもなお、家族が社会保障の中で一定の役割を期待されている面があると思います。その中で保障が必要な人の周辺の家族を社会保障がどう位置づけているか、あるいは民法上の扶養義務と社会保障の給付というものをどう擦り合わせるかというところに関心を持っています。

たとえば生活保護というのは私的扶養優先なので、扶養義務者が現実に扶養を行った場合に公的扶助である生活保護が減額され、また先に生活保護が実施された場合には最終的に扶養義務者から行政が保護費にかかったお金を回収するという仕組みになっていますが、その仕組みが今の家族のあり方や家族の捉え方とマッチしているのかどうかという問題があります。家族と社会保障が同じ機能を持つ面もあるかもしれませんが、国の役割と情緒的な支援など家族の役割の質的な違いに目を向けて、家族からお金を回収するという考えだけではなく国の役割として本人を支える家族もまた支援するという、いわば家族の機能を高めるような支援を行うなどの方向についても考えていかなければいけないのではないかと思っています。

社会保険における被扶養者の位置付けということも、よく考えておきたいテーマです。たとえば、いわゆる「第3号被保険者」問題です。典型的なのは、民間サラリーマンや公務員に扶養される専業主婦の類型ですが、国民年金にも厚生年金保険にも保険料を支払うことなく様々な給付を受けることができます。この類型の位置付けについては、保険料を負担する他の被保険者類型と比べて不公平なのではないか、働く女性が増えている中で時代にそぐわないのではないか、との疑問が生じます。健康保険では被扶養者の医療費も保障されていますが、事業主や被用者で財源負担する正当性があるのか、という問題もあります。社会保険の仕組みからすると異質と思われる様々なことが指摘され、批判されることが多かったのです。最近になって、また議論されていますが、引き続き注意深く検討していくべき課題と思っています。

 

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嵩 さやか[だけ・さやか]
東北大学大学院法学研究科 教授
専攻/社会保障法学
●略歴/1998年東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科助手(社会保障法専攻)、 2001年東北大学大学院法学研究科助教授、2004年日本学術振興会海外特別研究員、2007年東北大学大学院法学研究科准教授、2016年〜東北大学大学院法学研究科教授
●著書/「年金制度と国家の役割─英仏の比較法的研究」(2006年)、「社会保障法」(共著2018年)、「社会保障制度─国際比較でみる年金・医療・介護」(編者2022年)
●委員歴/2012年日本社会保障法学会理事、2022年日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員、2022年厚生労働省社会保障審議会年金部会委員、2023年厚生労働省労働保険審査会委員など






――3つめの研究テーマとしてあげられた困窮者自立支援は、制度としては新しいセーフティネット対策として設けられたものですね。

:生活保護制度が最後のセーフティネットとすれば、生活困窮者自立支援制度は、その上に設けられたネットで、生活保護に至る前段階での自立を支援する仕組みです。
生活保護を受けるためには条件があるので、その条件に該当せず支援を望めない人も多くいます。つまり、生活保護の支援の対象とはなっていなくても生活に困窮し、自立した生活ができていないという人が数多くいるのです。そこで生活困窮者自立支援法が2015年に制定され、生活保護に至る前段階での自立を支援しようという新たな仕組みができたんですね。