人社サロン|三太郎の小径

TOHOKU UNIVERSITY
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[人社サロン インタビュー]

人間の心や文化を探究し
工学的にモデル化する
東北大学大学院教育学研究科 教授
小嶋 秀樹KOZIMA, Hideki
情報通信工学の先端研究と心理や文化への関心
それは乖離したものなのか

――先生は工学系出身で工学博士号を取得していますが、言語学、脳科学、認知心理学や発達心理学などについても研究され、現在は教育学研究科に所属しています。どのように、こうした研究のあり方が形成されてきたのか。先生のこれまでの関心の変遷についてうかがいたいと思います。

小嶋:小学生の頃から電子工作や無線が好きで、アマチュア無線は中学時代に免許を取りましたし、高校からはコンピューターでプログラミングを始めました。大学は電気通信大学(情報通信工学系の国立の単科大学)電気通信学部の情報数理工学科に入りました。数学とコンピューターを使って、主に自然現象や社会現象をモデル化したりシミュレーションしたりというようなことを研究する学科でした。

そんな学部時代にいろいろ本を読みましたが、面白かった2冊を紹介します。ひとつは、ダグラス・ホフスタッター(アメリカの認知科学の研究者)が書いた『ゲーデル、エッシャー、バッハ―あるいは不思議の環』(翻訳版)です。人間は神経細胞や生理的なプロセスなど規則性・法則性をもって論理的に動いてるように見えるけれども、人間の心は曖昧で非合理的で、不確かなところがある。このかっちりしたロジック、推論システムというものと、曖昧な心との間のねじれた関係をつなげていこうというのがその本のテーマでした。物理や数学という工学的・科学的なテーマと、もう一方の人間のあやふやな、しかし豊かな意味の世界というものをつなげようとする壮大な試みを展開していることにすごく憧れを持ったんです。私を心理の世界、認知の世界に誘ってくれた、大きな力だったのではないかと思います。
もう1冊、松岡正剛が手がけた「情報と文化」という分厚い本。情報というのはどちらかというと工学的、科学的な言葉です。でも文化は人文社会科学的なタームです。それは同じものを違った側面から見ているものなんだと思うんです。人間が生み出したもの、人間がその中で生きているものを、学際的に捉えていくというアプローチに惹かれました。

工学系にいたので工学的な立場にはいたのですが、関心があったのは人間、人間の心、あるいは人間が生み出した文化、そのようなものだったと思います。もともと科学の研究というのは、自然現象を解明する、あるいは社会現象や心理現象を解明するなど、いろいろなテーマがありますが、私はとくに心理現象の解明ということに興味があって、人間の心というものを理解したい、あるいは文化というものはどのようにつくられていくのかを解明したい、そんなことを考えていました。

――学部から大学院に進む段階で、研究や論文のテーマはどのようなものでしたか。それから博士号取得後の経緯についても教えてください。

小嶋:学部の卒業論文、その後の修士論文、博士論文についても、一貫して自然言語処理、つまり人間が話したり書いたりする言葉をどのように機械処理するのか、コンピュータでどのように解析処理できるかというテーマを扱っていました。特に意味処理、文脈処理の心理プロセスを追究していました。ただ自然言語処理の研究に浸かってはいましたが、並行していわゆる認知科学全般について、つまり記憶や学習、理解や推論のようなものについて工学的なモデルを考えプログラムにしていくという分野に関心をもち、専門書を多読していました。

1994年に博士号を取得後、当時の郵政省通信総合研究所に入りました。当時花形のインターネットや衛星通信をメインに研究する研究所でしたが、ヒューマンコミュニケーションを研究する部署が関西先端研究センター(神戸市)にあり、私はそこの知識処理研究室に配属になりました。自然言語処理の延長線上で、文脈の理解、文脈の予測などの研究に没頭しました。1、2年経った頃、研究室長から1冊の本を奨められました。イギリスの発達心理学者サイモン・バロン=コーエンの「自閉症とマインド・ブラインドネス」という本です。マサチューセッツ工科大学出版局(MIT Press)から出版された本で、翻訳版が出ていなかったので一生懸命英語で読みました。
どんな本かというと「共同注意」というのがテーマになっています。親と乳幼児・子どもが、いっしょに何か共通のものを見る、例えばぬいぐるみをいっしょに見たときに親から子へ、子から親へ「うさぎさん」「かわいい」「そうだね」などとやり取りをしていく。これが子どもが言葉を獲得していく発達プロセスや、さらに社会性やコミュニケーションの発達の面で、非常に大事な手段もしくは必要な条件となっている。また自閉症の子どもたちは、この共同注意がどうもうまくできない。ゆえに他者と世界を共有・共同化することができずに、言葉の発達がつまずいてしまったり、コミュニケーションがうまく発達できなかったりする。このように書かれています。

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小嶋秀樹[こじま・ひでき]
東北大学大学院教育学研究科 教授
専門分野/認知科学
●略歴/1994電気通信⼤学⼤学院修了 博⼠(⼯学)、1994~04通信総合研究所研究官・主任研究官、1998~99 MIT⼈⼯知能研究所滞在研究員兼務、2004~08国立研究開発法人 情報通信研究機構主任研究員、2008~17宮城⼤学事業構想学部教授、2014~17宮城⼤学副学⻑兼務、2017〜東北⼤学⼤学院教育情報学研究部教授、2018~東北⼤学⼤学院教育学研究科教授
●主な研究/⼈⼯知能・⾃然⾔語処理(1990~)、発達ロボティクス(1998~/MITでの滞在研究)、コミュニケーションロボットの開発(1999~)、ロボットによる⾃閉症療育⽀援(2003~)、コミュニケーションの脳内メカニズム(2015~)
●著書/「ロボットの悲しみ─コミュニケーションをめぐる人とロボットの生態学」(共著:新曜社2014年)、「〈自閉症学〉のすすめ─オーティズム・スタディーズの時代」(共著:ミネルヴァ書房2019年)、「ロボット工学ハンドブック第3版」(共著:コロナ社2023年)など
●受賞/Robots at Play Grand Prize:International Conference on Playful Robotic Art (Odense, Denmark) 2007、情報通信研究機構 個人優秀賞:ヒューマン・ロボット・インタラクションの研究と障害児療育等への応用2008 など